Food for Thought

気になった言葉とか、自前のイラストとか、デザインとか。

小説 ごっさん通り 第2話

【ごっさん通りの光と陰】



バー“おぼろ月夜”にかようようになってまだ間もない頃、僕がお店で飲んでいる間にひとりも客が現れない晩があった。その日は夕方に嵐のような雨が降ったが、夜にはすっかり上がり、空を流れてゆく重々しい黒い雲の裂け目から星が美しくまたたき、雨上がりのひんやりとした空気とヒグラシの鳴き声に気持ちが洗われるような、そんな初秋の宵だった。

トモさんは、客がないことを別に気にしている風でもなく、カウンターの中にのん気に腰掛けながら、はじめのうちは好きな音楽のことなどを話していた。
“ところで、キミんとこのジイサンから聞いてる?ここらで起きてる厄介ごとの話を。”出し抜けにトモさんが声を細めて言った。
“いいえ…、何かあるんですか?”
“ここらではさ、ちょっとした抗争があるんだよ。”
“コウソウ…?”
“ソウソウ…、ジョーさんっていう、何ていうか…、チンピラくずれみたいのがいるんだけどね…。”


聞きたいような、聞きたくないような気分だった。どこか密談めいたこの手の話のたぐいは、たいていが、しまいには敵意やらネタミやらの片棒を担いでいる気分になって後味の悪い思いを残すものだ。でも、この時の話は少し違った。

トモさんの話はこうだった。

ジョーさんは、ごっさん通りの近くにあるアパートに住み、年の頃がすでに50歳前後というのにヤンチャ坊主の域を脱っしていないようなオッサンで、一見するとイキのいい愉快な男なのだが、会話の脈絡をはずして自分の話をしてしまうのが得意で、それゆえに居合わせた人をウンザリさせてしまうことが多々起きるものの、そんなことを自ら省みるなど世界が逆立ちしてもなさそうな典型的な自己中心型性格の持ち主だった。

たいていは年若の弟分らしきを連れて店に現れては、その弟分にもお店の常連たちにも、すっかりお馴染みの大いに脚色を加えた過去の手柄話を一席ぶった後に、そこに女性客が居合わせれば、場違いな言葉で口説こうとして絡んで、ひとしきり困らせるのがお決まりのパターンとなっていた。

もっともトモさん自身は、それを日常に活気をもたらす余興のひとつ程度にとらえているようで、ジョーさんなんて煙と化して消えてしまえばいいと腹の底で願う常連たちが、心の結束を求めて、かえって足しげくお店に来るという特需にあやかっていることも認めていて、どちらに加担するでもなく、いわばどこかよそで起きている滑稽な出来事のように楽しげに話していた。

ジョーさんの特徴を聞いてピンときた僕は、銭湯で背中じゅうにイレズミをした小柄なオッサンが、鏡に映る自分の姿を眺めながら仁王立ちになってカラダを洗い、視線をその鏡に向けたままで近くにいる人たちに何やら威勢よく声をかけているところを見たと話すと、トモさんは“多分、ジョーさんだよ、それ”と言って笑った。

ところで、1年ほど前からこの店に来るようになったあやちゃんという女性がいて、普段はひとりでカウンターで本を読んでいる清楚な雰囲気の女性なのだが、その彼女とジョーさんがこの店で初めて鉢合わした折に、ジョーさんは、お約束のように調子に乗ってちょっかいを出しはじめたものの、彼女にあっさりと撃退されてしまったのだそうだ。弟分の面前で恥をかかされ、立つ瀬もあやうくなったかのように感じたらしいジョーさんは、その日以来、お店であやちゃんに出くわすと、明らかに彼女に矛先を向けたイヤミを言ってはけん制するのだが、結局は、またやり込められてしまうのだった。

“店の中で完結している話だったら、まだいいんだけどさぁ…”処置なしの痴話喧嘩に呆れているかのような顔で、トモさんは言った。

常連たちから英雄扱いされるあやちゃんのことが面白くないジョーさんは、いよいよあからさまな行動をとるようになり、遂にはこの界隈を巻き込みつつある由々しき火種になっているのだ。

“筆で書きなぐった「クモ女は出て行け!」って貼り紙をその辺の電柱とかで見たことある?あれ、ジョーさんの仕ワザなんだよ。”トモさんは言った。
僕は、目に映りながらも意識しないまま見過ごしていたその貼り紙とごっさん通りから受けるどこか奇妙に感じていた印象とが、突然結びついてハッとなった。

“そ、そのクモ女って何ですか?”たじろぎながら僕が聞き返すと、トモさんは含み笑いをしながら“それはね…、この次までのお楽しみだよ〜!”とイタズラっぽいひょうきんな口調で言うのだった。

後味が悪いというよりも、子供の頃にカイダン話を聞いた後のような、何ともいえないボンヤリとした虚脱感が、お酒とともに僕のカラダに滲んでいくのだった。
  1. 2007/05/31(木) 22:22:39|
  2. 小説 ごっさん通り|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<無意識の住人たち | ホーム | ありがとうございました〜>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://foodforthought.11.dtiblog.com/tb.php/68-c06be595