横浜美術館で「シュルレアリスムと美術」展をやってるんですよね。12月9日までだけど、行けたら行きたいなと思ってるんです。
マグリットって結構好きな画家なんです。「
インコロジー」のイラストは、件の展覧会のポスターの絵のパロディ(…パクリじゃないですってば!)だし、今回の何じゃ絵にしてもマグリットを彷彿とさせるイメージだと思いません?………でもないか…。
- 2007/11/28(水) 21:00:06|
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タイトル変えた。
まぁ、それはいいとして、風邪をひいた。
だいぶ良くなってきたようには思うんですけどね。
人から聞いて風呂上りに水を浴びるようになって以来、かれこれ6年くらい風邪ひかなかったのに、今回は湯船で本を読んでいたらお湯がぬるまって、風呂の中で湯冷めしたみたい。不覚だったなぁ…。
それにしても風呂上りに水を浴びるのはオススメですよ。
- 2007/11/27(火) 22:45:37|
- 何じゃ絵|
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ノートの端っこなんかに何気なくしてしまうラクガキって、“だから何?”みたいな無意味なものが多いんだけど、捨てるのは何となく忍びなかったりするんですよね。
「何だってんだ絵ー」とは、そんな大いなる飛躍を遂げる可能性が少しはなくもないかも知れないラクガキをゴミ箱行きから救うプロジェクトというわけです。
- 2007/11/26(月) 20:15:14|
- 何じゃ絵|
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YouTubeで行く「カネタダイクオ 世界の旅」!!
今回はキューバのシボネイです。
キューバ音楽って、そんなに詳しくはないけど、わりと好きでよく聴くんです。
10年くらい前の雑誌でキューバを特集したものがあって、物資が不足していたり、しょっちゅう停電があったりしながらも、そこで暮らす大らかな人々の話が載っていた記憶があるんだけど、例えば映画の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」なんか観ても、何ていうか、“今ここにはない豊かさ”みたいなものがひしひしと伝わってきたりして、キューバにはぜひ一度は行ってみたいなって思ったりするわけです。
この「シボネイ」という曲は、サンチャゴ・デ・キューバ近くのシボネイという場所を歌ったものか、先住民族のシボネイ族のことを歌ったものか僕にはわかりませんが、いろんな人が演奏しているスタンダードみたいな曲で、ここでご紹介するのは、映画の「2046」でもかかっていたコニー・フランシスのバージョンです。
映像は何だかカラオケ風だけど、ちょっとキュートでグッドではないかと思います。
こちらからど〜ぞ〜。
Siboney(02:50)
- 2007/11/24(土) 11:50:26|
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昨日は「環境メッセンジャー」のるいさんのお誘いで、日比谷野音で開催された「
NO NUKES MORE HEARTS」に行ってきたんです。
以前、「
原発がどんなものか知ってほしい」というサイトで、原子力発電所の現場で働き、ご本人も被曝し、1997年にお亡くなりになった平井憲夫さんの手記を読んだ時は、その内容の恐ろしさに閉口してしまった。それからおよそ10年が過ぎて、どの程度の技術の進歩があったのかは知らないけど、日本は今後アメリカなどで予定されている多くの原発建設で技術提供していくみたいですね。
でも柏原刈羽原発の地震被害などを考えると、原発はリスクが大きすぎますよね。
集会のゲストのピーター・バラカン氏が、“大昔のような生活に戻ろうとする必要はないけど、(大惨事の危険を冒してまで)贅沢する必要はないよね”みたいな事を言っていたけど、全くそのとおりだと思う。
ノーム・チョムスキー氏は、「チョムスキー、世界を語る」の中で、権力を有する知識人(権力、エリート)の役割は、民衆を、従順で、無知で、骨抜きロボットのような存在に仕立てることであり、さらには、ひとびとに自分たちが無力で、孤立していて、お互い切り離されているという感じを抱かせて、自分自身のささやかな生活、流行の商品といった生活の中の軽薄な部分にしか関心を示さなくなるように操作しようとしていると述べてます。
けれども、“資本主義から自由と民主主義を守ろうとするアナーキズム系の傾向”の原則を取り上げて、“権力をもつもの、ヒエラルキーは、いかなるものであれ批判的な検討をまぬがれず、自身の正当性を証明しえない権力はいずれも非合法なものであり、くつがえす権利がこちら(民衆)にある”として、“民衆の圧力の重要性”を主張し、権力の横暴に対して、ばらばらの組織や個人らのつかのまの寄せ集めが勝利をおさめた例をあげているんですね。
原発のみならずさまざまな問題があるけど、現代の浅はかさのツケを未来の人たちに背負わせるなんてことがないように最善を尽くすべきだと思った。
- 2007/11/19(月) 06:25:25|
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イラストは、逃げてしまったインコへのノスタルジーで描いた自画像なんです。
この絵が僕に似ているかどうかはさておいて、この図から何か連想できません?
そう…、“チョンマゲ”ですね。
ひょっとするとチョンマゲって、頭に乗るインコをかたどったファッションだったんじゃないでしょうか。
…とすると、ザンギリ頭発祥の像が山下公園にあることと、今回のインコの逃亡事件には、何かつながりがあるのかもしれません。
…何だかちょっとシャーロック・ホームズみたいな気分になってきました。
- 2007/11/15(木) 19:42:53|
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今年の夏前くらいから仕事場でインコを飼っていたけれども、つい先日、不覚にも逃げられてしまった。
当初から放し飼いで、頭に乗ってくることも多く、すっかり意気投合している気分になっていたので、おかげでかなりヘコミ気味なんです。
出掛ける気配を感じるとしきりに頭に乗ってくるので、夜は電気を消しておとなしくなったスキに外に出るようにしていたのだけど、その日はドアを開けた途端に飛び出してきて、彼(彼女?)にしても不覚だったのか、僕が騒いだせいで驚いたのか、しばらく右往左往したあげくに夜空のむこうに消えてしまった。
ウワサで山下公園辺りでは、野生化したインコが群れをなしているなんて聞いたこともあり、今となっては彼(彼女?)もその群れに出会って自由を謳歌していることを祈るばかりです。
それにしても“立つ鳥あとを濁さず”なんて、いつぞやの鳥は行儀が良かったのか知らないけど、そんなコトワザなどサギの話みたいに、彼(彼女?)は、初めから散らかし放題だし、エコロジーなんてまるで関心がないようなヤンチャ者で、このインコ的習性を僕はインコロジーと名づけたわけです。
最後までインコロジーぶりを発揮し続けた彼(彼女?)も、少しは後悔したりして、ひょっとすると戻ってくるかもという僕の期待もむなしく、もうかれこれ数日が過ぎてしまいました。
でも今思えば、これ以上お互いの情が深まって、別れ際に心を濁さない頃合を見計らっていたのかもしれません。…心憎いヤツだなぁ…、クスン。
ふうこぉ〜元気でなぁ〜(涙)
- 2007/11/13(火) 18:17:43|
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