「真実の口」をgoogleでイメージ検索したら、商品化された複製がいっぱい出てきて、ポストモダニズムか、産業主義の影響かは知らないけど、ウソを戒めるコトバの効力なんて、もうとっくにないんだろうななどとつい思ってしまったけど、でもだからと言って“ウソも方便”というコトワザをあまり都合よく解釈しすぎるのはどうかなと思う。
僕がヘタなユーモアで
“チュニジアに行ってきました〜!”って書いても、誰も信じやしないだろうけど、(…まさか信じないよね?)どうも日常的にもウソをついておけば、丸く収まったんじゃないかということが多いように感じちゃうのは、気のせいだろうか?
相手が本音を言って、それが自分の感情に触れてしまったとしたら、怒るのをこらえるのはなかなか難しいこととは思うけど、わきまえなしに反射的に怒っていたりすると、特に子供なんか、都合よくウソを言った方がいいんじゃん?ってなっちゃいそうな気がする。
カオス理論にリオデジャネイロで蝶が羽ばたくと、シカゴの天気に影響すると言われる「バタフライ効果」っていうのがあるけど、それに似て、誰かのちょっとしたウソが、やがて誰もがナイものをアルアル〜とか言ってしまう社会問題に発展していきかねないような…。それで、そういうデタラメには、大概は背後に無責任な商売根性がからんでいたりして、言わば「ショーコン効果」って感じでしょうか?
誰が相手であろうと、お互いに節度をもって本音を言い合える空気を作っていくことができるというのは、きっと
オトナの条件のひとつと言えるのかな。
いずれにしても、“ウソも方便”が過剰になってモラルが崩れていく社会だとしたら、とてもコワイ。
- 2007/02/16(金) 08:44:04|
- コトバ・認識研究部|
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